ぶいぶいれぽーと

VRChatとかバーチャルっぽい話を書く個人ブログです。

VR Artists in Shimokitazawa ERA. (Yes, It`s #VARTISTs !)

リアルライブイベント「VARTISTs」の開催から、およそ1週間ほど経った。

伝説の夜だった。間違いなく、「バーチャルな音楽」の最前線であり、到達点だった。たぶんこれから先10年は語り草にするだろう。「あの夜、下北沢ERAにいた」と。

metacul-frontier.com

詳細なレポートについては、「メタカル最前線」が100点のレポ記事を上げたので、僕からレポート記事を強いて書くことはしない。

ここから書き連ねるのは、あの夜がいかに楽しかったことと、大きな可能性を感じたこと、それだけである。

下北沢、知らん

前置きとなるが、僕は人生でこれまで下北沢という場所に行ったことがなかった。新宿駅から電車にそこそこの時間揺られて、初めて降り立った瞬間、なにか巨大な波濤のようなものが全身に叩きつけられた。

知らん。この街、知らん。なんなのだここは。

なにもかもが異界だった。無数の店舗たちに定められたトンマナはなく、むしろ「定めない」ことが唯一のトンマナなのでは、と感じられる。そして、取り扱う品々の、ものめずらしさたるや。半径1.5mで完結する引きこもりにの世界には存在しないものであふれている街だった。

なにをしている店かわからない。なにを目的に集まった人かもわからない。無数の"未知"が転がるその光景は、はじめてVRChatの世界に降り立ったあのときと似ているな、と感じた。

前入りから1時間ほどのさんぽを経て、たどりついた「下北沢ERA」には、すでにたくさんの人々であふれていた。なぜか彼らに対しては、「知っている」という感情を抱いた。

下北沢ERAで"はじめまして"

会場となった下北沢ERAは、キャパ200人ほどのほどよいサイズのライブハウスだった。

ビルの裏手階段をのぼり、たどりついた会場を前に「意外とこじんまり」という印象を抱いた。それは別によい。重大なことは、このハコに収容人数ギリギリまで参加してくる、という事実である。

事実、続々とあらわれる来場者たちによって、ハコはみるみると埋め尽くされていった。上階に休憩室がなかったら、もう少し過酷な環境になっていたことだろう。

自分は人付き合いがさほど多くないタイプなので、いわゆるオフ会に顔を出すことがあまりない。会場内の照度が引くことを差し引いても、多くの人とは初対面だった――"リアル"では。

「あっ!あなたが◯◯さん!」

そんな変化球の"はじめまして"を、会場の各所で耳にした。極めて不思議な空間だった。初対面であるが、初対面ではない。それは、まったくもって矛盾ではない。

やがて、様々な交流によってあたたまり始めたなか、(たぶん)ビビさんのアナウンスとともに、「VARTISTs」の幕が上がった。

StrollZ

素晴らしい音だった。

サックス、ピアノ、ドラム、ベースによるインストバンド構成で、合計5曲が演奏された。ジャジーインストゥルメンタルは、VRChatで聞いても間違いなく心地よいものだっただろう。

だが、ここはリアルのライブハウス。マジの音響設備が整った、「音を聞かせるための施設」である。体が震えた。比喩ではなく、物理的に。ステージから放たれた音圧をまに、ただただ意味もなく笑顔になっていった。

今回初お披露目の楽曲まで持ってきたのも本気度が段違いだった。スタッフのSUSABIさん提供の楽曲というのだからニクいセレクトだ。かと思ったら、K.ᴗ.Ambientflowさんの『星』のカバーが飛び出し、オーディエンスからは静かに歓声が上がった。豪華だ。あまりにも豪華な選曲だ。

「メタカル最前線」でも記されていたけど、いわゆる「VRChat音楽勢」の横のつながりが形となったようなステージだったように思う。毎週オープンマイクイベントが開かれるという、かなり特異的な環境下で育った音楽のつながりを、極上の音響とともに体感できたあの時間はとても貴重なものだった。

CROWK

ブチ上がっていた。

いま勢いのあるVR発ヒップホップユニット。ほんの少しマイクを握らせれば、韻を見事に踏むMCトークを叩きつけ、秒速でハコの空気を支配する。最前列にはいかにもな治安をただよわせる人々。さっきの「StrollZ」の余韻すら呑み込みかねない力があった。

「VARTSTs」参加者へのリスペクトを述べながら、「ヒップホップこそ最強」という声を高らかに叩きつける姿は、とてつもなくかっこよかった。ただただ強烈な自信があふれかえっており、その自信にふさわしいパフォーマンスを見せてきた。jentagawaさんのDJもあいまって、30分間ほぼノンストップに盛り上げてきたのは驚異的だった。

そして、完全に油断したところに音声だけ現れた潮成実。完璧なコラボだった。最高にかっこいいアーティストが並び立つとどうなりますか。アガるに決まってるでしょうて。もうひたすらに絶叫していた。

バチャマガの取材記事で、二人はかつて「リアルライブをする」ことが夢だと語っていた。その記事が公開されていたのは2021年。2年で叶えているのだ。そんな積み上げた末に夢を叶えた二人だからこそ、その"生き様"を堂々と見せつけられたステージが、ただただ熱く感じられた。

JOHNNY HENRY

堂々たるステージだった。

すでに幾度かのリアルライブを体験している彼らにとって、「VARTSTs」のステージももはや「慣れ親しんだステージ」になっていたように思う。VRライブのように、楽しそうに、どこか肩の力を抜きながらも悠然と立つ姿は、あの空気に最もなじんでいたようにすら感じた。

「どう楽しんでも構わない」というスタンスは崩さない、ある意味ではゆるい空気感をただよわせながらも、一度曲が始まれば切れ味のあるロックサウンドがこだまする。そして、ボーカルのYAMADAのアニキがシャウトし、ハーモニカを鳴らすたびに、ブルースが響く。ライブハウスで聞きたい"音"が全てそこにあった。

ラストはやはり『愛にすべてを』。最近のジョニヘのライブではやはりこれでシメるのが通例になりつつある。最高だ。だっていい曲だもの。だってみんなで歌えるのだもの。殊にこの日の「下北沢ERA」には、出演者と観客との間にタイムラグは存在しない。「愛にすべてを」と皆で唱和することに、なんの理由もテクもいらないのだ。みんなで声出すしかあるめぇよ。

ライブ中に4周年記念リアルライブの開催までサプライズで打ち込みつつも、「応募ページが有効リンクになっていない」というやらかしまではさむという、ある意味でおいしい展開まであった「JOHNNY HENRY」のステージ。まるで「ずっと前に聞いたような」心地すらあった、心地よい時間が流れていた。

PHAZE

最高の時間だった。

ボーカルのビビさんがドイツからはるばる来日したことで実現したのが、この日の「PHAZE」のステージであり、そして「VARTSTs」そのものだった。アバターに合わせた衣装まで引っ提げてきたビビさんの姿は、ここがリアルでもありバーチャルでもあるのだということを、誰よりも示していたように思う。

そのステージはまさに圧巻だった。生歌唱と思えない歌声と、思わず体が動いてしまう演奏。「PHAZE」の世界観が眼前に顕現していた。ときにいたずらっぽく。ときにシンフォニックに。様々な顔を見せるサウンドを表現する言葉が思いつかない。ただただワクワクさせられた、その事実だけは本物だ。

そしてとにかく、ビビさんが楽しそうだったのが印象的だ。心の底からあのステージを満喫していたし、シェルさんとディズさんからも同じノリと気迫が伝わってきた。そして合間、「日本に来てほんとうによかった……!」と涙ぐみながら語るビビさんの姿に、こちらもウルッときた。今日が初めての「リアルで会った瞬間」と思えない演奏を見せてもらっただけに、「VRChat」という空間がどれだけのものを編み上げてきたかが、自ずと推し量れる。

VRは、距離を超える。それを誰よりも示していただろう。開演前に「リハの時点でめっちゃ仕上がってる、ヤバい」という話も共演者から耳にしていたが、全く嘘偽りない評価だった。トリにふさわしい、誰よりもこの下北沢での時間を待ち望んでいた人たちによる、全力のステージがそこにあった。

歴史に残る時間

始まる前から「すばらしいライブになるだろう」と思っていた。大きな勘違いだった。「とてつもなくすばらしいライブ」だった。いろいろなバーチャル系の現場に足を運んでいたつもりだったが、「VARTISTs」は誇張抜きで3本の指に入る素晴らしいリアルライブだった。

まず、音楽イベントとしてとてつもない満足感があった。ライブハウスの音がよかったのはもちろん。すさまじかったのは、楽曲のほとんどがオリジナル楽曲だったことだろう。トップレイヤーのVTuberですら、オリジナル曲を半数以上持ち込める人はなかなかいない。「VRChatの音楽アーティスト」が、とてつもない練度と資産を持つプレイヤーであることを、語らずとも示していた。

そしてなにより、あの場の空気感は唯一無二だった。あの日、「下北沢ERA」にいた人々は様々だった。大人しそうな青年もいれば、やんちゃな兄ちゃんもいて、おしゃれな女性もいた。少し歳を重ねた人もいたし、中には海外の人もいた。「これはなんの集団か」と尋ねられれば、一瞬回答に窮するくらいには多種多様だった。

だが、全員ある共通点を持つ。「VRChatユーザーである」ということだ。

全世界からアクセスできるソーシャルVRの世界に、日本だけでも、これだけいろいろな人がいるのだ。住む世界も、境遇も、きっと違う。だけど、「VRの世界で生きている」という一点だけで、自然と心が通うような、そんな心地すらあった。もちろんそれは、出演者たちもまた同じだろう。

まったくバラバラな人たちが、「VRChat」の世界で出会い、集まり、他愛のない交流を重ね、人によってはなにかを始める。そうして熟した親交をもとに、現実の世界に集まる――「VARTISTs」が実現したのは、そんな瞬間だったはずだ。

「結局リアルかよ」と思う人もいるかもしれない。「VRだけでいい」という人だっているだろう。だけど、本当はそこまで二元論で語れるものではないのだ。リアルも、バーチャルも、ともに人が生きる場所であり、そこに一切の差異も、優劣も、本来はないのだ。

リアルでバラバラに存在した人たちが、バーチャルで出会い、ともになにかを育み、リアルでそれを確認する。そして、リアルで得たものをまたバーチャルへ持ち帰り、再びなにかを育む。大きなサイクルだ。その円環を渡り歩いていく人々にとって、「リアルとバーチャルの境界」は、すでに融けてなくなりつつあるはずだ。

そんなロマンチックなことを、恥ずかしさもなく言える。それほどの熱量が宿ったイベントだった。「絶対に歴史に残る」と誰かが言った。同感だ。心の底から断言できる。

「VARTISTs」は、間違いなく、これまでの「バーチャルの音楽」に関わるイベントの最前線であり、到達点だった。

それだけ言えれば、少なくともいまのところは満足だ。